「お母さんは何も分かってない。作文を思い出してみろ」~息子が作文に託したSOS~

不登校

「お母さんは何も分かってない」

ある日、息子が私に言いました。

「お母さんは何も分かってない。
作文を思い出してみろ」

その言葉を聞いたとき、
私はハッとしました。

夏休み、国語の作文の宿題で、
息子と、こんなテーマを選びました。

「子どもの犯罪や非行のない明るい社会をつくるためにできること」

息子が普段口にすることを、
私は一緒に考えながらまとめました。

そこには、こんなことが書かれていました。

どうして大人は、理不尽に怒ったり、
頭ごなしに押し付けたりするのだろうと思うことがある。

そんなときに残る不満。

子どもの犯罪の背景には、
「誰も理解してくれないストレス」が関わっていると思う。

それは子どもからのSOS。

まずは子どもの言葉を聞いてほしい。

息子は、普段よく私に愚痴を言います。
「大人は理不尽」
「わかっているといいながらわかっていない」
息子の愚痴を作文にまとめてみました。

息子はまとめたものを写して学校に提出しました。

私は正直、そのときは、

「反論せず、ちゃんと作文を書いたな」

くらいに思っていました。

まさか、その作文が後になって
息子自身を助けることになるとは思っていませんでした。

出校日に行きたくなくなった息子

出校日を前にして、
息子は「先生が怖いから行きたくない」と言いました。

私は励まそうとしました。

「大丈夫だよ」
「先生は怒らないよ」
「行ってみたら?」

そんな言葉をかけたのだと思います。

すると息子が、

「お母さんは何も分かってない。作文を思い出してみろ」

と言いました。

私は、その言葉で気づきました。

「ああ、この子の言いたいことは作文に書いたことだ」

息子が普段うまく説明できないこと。

大人に理解してもらえないと感じていること。

理不尽に怒られたり、
頭ごなしに決められたりすることへの苦しさ。

それを息子は、作文の中では言葉にできていた。

もしかしたらあの作文は、

自分でもうまく言葉にできない思いを形にして、
自分自身を守るためのものだったのかもしれない。

そう思いました。

「学校に行きたくない」理由を知りたい親

親は、子どもが学校や習い事に行きたくないと言うと、

「どうして?」

と聞きたくなります。

原因を知りたい。

何があったのか知りたい。

どうしたら行けるようになるのか考えたい。

私もそうです。

子どもが気持ちを言葉にできないとき

子ども自身も、

「どうして行きたくないのか」を
上手く説明できないことがあります。

苦しい。

嫌だ。

怖い。

疲れた。

もう無理。

それだけしか言葉にならないこともある。

だから私は、

理由をすぐに説明できないこと自体を責めなくていい

と思っています。

子どもが書いた言葉を、大人が受け取る

息子は比較的、言葉を使うことが得意な子です。

だから私は、息子が普段説明してくれる言葉から、

「こういうことを言いたいのかな」

と、少しずつ理解することができました。

そして、その作文の内容について息子と話したとき、

息子は反論しませんでした。

「そういうことだよ」

と言っているようでした。

私はそこで、

子どもの言葉には、その子自身を守る力がある

と感じました。

話すことができないなら、書いてもいい。

作文でもいい。

手紙でもいい。

LINEでもいい。

絵でもいい。

子どもが自分の思いを表現できる方法を、
大人が一緒に探してあげる。

それだけでも、子どもは少し楽になるのかもしれません。

「言うことを聞かせる」前に、子どもの話を聞いてほしい

子どもが言うことを聞かない。

学校に行きたくない。

習い事に行きたくない。

宿題をしたくない。

そんなとき、大人はつい、

「どうしてできないの?」

「約束したでしょう」

「みんなやっているよ」

と、正そうとしてしまいます。

でも、その前に、

「何が嫌なの?」

ではなく、

「何か嫌なことがあった?」

と聞いてみる。

そして、

「そう感じたんだね」

と受け止める。

すぐに解決しなくてもいい。

すぐに行動を変えさせなくてもいい。

まずは、

「あなたの言葉を聞いたよ」

と伝える。

そして、親が忘れないように書いて残す。

それが子どもの安心につながることがあるのだと思います。

息子から大人へのお願い

あの作文は、私には今、
「息子から大人へのお願い」
のように見えています。

「僕たちを縛る前に、話を聞いてほしい」
「怒る前に、理由を考えてほしい」
「できないことだけを見ないでほしい」
「僕たちにも、そうせざるを得ない理由があるかもしれない」

そんなお願いです。

もちろん、子どもが何をしても許されるということではありません。
社会のルールは必要です。

でも、
ルールを守らせることと、
子どもの気持ちを理解することは、
両立できるはずです。

私は、「息子の気持ちを聞こう」と準備しているはずなのに、
いざその場になると、
ルールを守らせることに気を取られ、
ついつい
「わかっていない大人」になってしまうのです。

だからこそ、
あの作文を思い出させてくれた息子の言葉は、
私自身へのお願いだったのかもしれません。

「お母さん、まず僕の言葉を聞いて」

子どもを正す前に、
子どもの言葉を聞く。

私自身も、何度もそこに戻りながら、
子どもと向き合っていきたいと思っています。

あの作文は、息子自身を守った

あのとき私は、作文を書いたこと自体よりも、

その作文を「思い出して」と
私に伝えた息子のことを誇らしく思いました。

何も伝えられず、暴れてしまうのではなく、
自分の気持ちを言葉にすることができた。

そして、言葉にできたものを使って、

「お母さん、僕のことを分かって」

と伝えることができた。

それは、とても大きな力だと思います。

もし今、子どもが

「学校に行きたくない」

「習い事に行きたくない」

と言っているのなら、

その言葉の裏側にある理由を、
すぐに引き出そうとしなくてもいい。
毎日毎日少しずつでもいい。

話せないなら、書いてもいい。
泣きながら叫ぶこともあるかもしれない。

そばにいるだけでもいい。

そして、

「あなたの気持ちを知りたいと思っているよ」

と伝えてあげる。

子どもが自分の気持ちを表現できる場所を、
一緒につくってあげる。

それだけでも、その子の心を守ることがあるのだと思います。

さいごに

子どもを変えようとする前に、

子どもの言葉を聞いてみる。

その言葉が、たとえ大人には理解しにくいものだったとしても。

その子にとっては、
自分を守るために必要な言葉なのかもしれない。

今は理解しにくい言葉だったとしても
少しずつ少しずつ積み重ねていけば
そして言葉を形にしてあげれば
それを使って、
理由をちゃんと伝えることができるかもしれない。

ちゃんと伝われば
泣いたり暴れたりする必要もなくなる。

私は、息子の作文からそれを教えてもらいました。

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