優しい子の子育て

不登校

不登校の子どもを100%認めるということ|五月雨登校の今が100点

不登校で心が壊れ、ゲームやYouTubeばかりだった次男。命を守るために、私は一度「しつけ」を手放しました。一年後、自分から塾に行きたいと言い、五月雨登校を続ける次男を見て、いまが100点だと思えるようになった母の記録です。
不登校

甘えさせることは、甘やかすことじゃない――「見捨てられない安心感」が子どもの自立を育てる

子どもを自立させるためには、甘えさせずに自分でやらせるべき?何もできなくなった次男を支えた経験から、甘えられる安心感と子どもの自立、親が「見捨てない」と伝えることの大切さについて考えました。
不登校

「お母さんは何も分かってない。作文を思い出してみろ」~息子が作文に託したSOS~

「学校に行きたくない」という子どもの気持ちを、親はどう受け止めればいいのでしょうか。息子が夏休みの作文の宿題に書いた「誰も理解してくれないストレス」という言葉。後になって、その作文が息子自身のSOSを伝える大切な言葉だったと気づいた母の体験です。
不登校

9月、新学期が怖い子どもへ|学校にいけなくても、あなたは悪くない

新学期を前に「学校に行きたくない」と苦しむ子どもへ。無理に誰かに相談できなくてもいい。休むこと、学校に行かないことは悪いことではありません。不登校の子どもを育ててきた母が、9月を前に伝えたいこと。
不登校

五月雨登校の今を、私は誇らしいと思う|「今の自分はすごい」と思える子に

五月雨登校を続ける中学生の息子との日々。遅刻や欠席ではなく、「今日できたこと」「以前はできなかったこと」に目を向ける母の子育てを綴ります。今の自分はすごいと思える自身を育てるために、親ができることとは。
不登校

不登校の子どもの気持ちが少し分かった日|価値観が合わない場所で生きる苦しさ

不登校の息子を通して、価値観が合わない場所で生きる苦しさについて考えました。息子の立場に立ってみた時、学校に行きたくない気持ちが理解できました。大人の私も自分の価値観が認めてもらえないと感じる場所で生活するのは苦しい。子どもの目線から見えた気づきを綴ります。
不登校

普通になれなかった私を救ったのは”違っていい”と言ってくれた友達だった

「普通にならなきゃ」と周囲に合わせ続け、自分を否定していた子ども時代。そんな私に友だちがくれた「違っていい」という言葉が、自分らしく生きるきっかけになりました。個性と多様性について綴ります。
HSC

思いやりは「能力」ではないのだろうか|HSCの子ども達が生きづらい社会

HSCやHSPの「人の気持ちを深く感じ取る力」は、本来”能力”ではないでしょうか。競争社会の中で生きづらさを抱える優しい子ども達について、実体験をもとに綴ります。
HSC

この子はなぜ人の痛みに気づけたのか|競争社会で失われる「思いやり」の教育

人の痛みに気づける子と、そうでない子がいます。競争社会の中で「勝つこと」に必死になり、失われつつある「思いやり」の教育の重要性について、「幼児期の情操教育」を研究した経験から綴ります。
拒食症

バレエの嫉妬がいじめと拒食症に|7年の苦しみを救った「認められる場所」への転換

バレエでの嫉妬といじめが原因で拒食症になった次女の7年の記録。留学先でも続いた病気といじめを克服できたのは、専門学校で「認められる場所」を見つけたからでした。いじめられる環境から抜け出す勇気と、情操教育の大切さを綴ります。