五月雨登校の子どもを見て、親が不安になること
「今日は学校に行けた」
そう思った次の日に、また休む。
4時間目から登校したと思ったら、
翌日は一日休む。
五月雨登校をしている子どもを見ていると、
親はどうしても不安になります。
「このままで大丈夫なのかな」
「もう少し頑張れないのかな」
「せっかく学校に行けるようになったのだから、
毎日行ってほしい」
そんな気持ちになるのは、当然だと思います。
私も、何度も不安になりました。
でも、今の私は少し違うところを見るようになりました。
「どれだけ学校に行けたか」ではなく、
「ここまで来られたこと」を見るようになったのです。
完璧主義の息子が学校に行けなくなった理由
次男は、もともと完璧主義なところがあります。
小学校1年生の頃から、
宿題がうまくできないとパニックになりました。
「できない」ということが、
とても苦しかったのだと思います。
小学校3年生の持久走大会では、
前年3位だったことがプレッシャーになりました。
「今年は、それ以上の成績をとらなければ」
自分で自分に、そんなプレッシャーをかけてしまったのです。
そして当日、
吐き気が収まらずお休みしました。
学校の先生から注意されることも、
とても苦手でした。
宿題ができない日は、
「先生に申し訳ない」
と言って、学校へ行けなくなることもありました。
私は小さい頃から、
そんな次男のことが心配でした。
だから、
「人間は失敗するものだよ」
と伝えるために、
私自身の失敗談を笑いながら話しました。
兄の、ひょうきんで失敗しても笑いに変えてしまうところを、
「そういうところが人を惹きつけるんだよ」
と、何度も伝えました。
それでも、次男の完璧主義は簡単には変わりませんでした。
もしかしたら、
「完璧でなければ、人に迷惑をかけてしまう」
という思いが強いのかもしれません。
五月雨登校でも「学校へ行けたこと」を見る
そんな次男が、中学2年生になった今年の4月から、
学校へ行けるようになりました。
ただし、朝からではありません。
夜、なかなか眠れないため、朝起きることができない。
だから、4時間目くらいから学校へ行く。
そして、部活までして帰ってくる。
疲れがたまれば、また休む。
週に1~2回休むことがあります。
いわゆる「五月雨登校」です。
以前の私だったら、
「もう少し早く行けたらいいのに」
「せっかく行けるようになったのだから、毎日行けるようになってほしい」
と思ったかもしれません。
でも、今は違います。
私は、
「4時間目からでも学校へ行けるようになった」
ことを見ています。
そして、
「授業の途中から入っていくなんて、勇気がないとできないよ。すごいね」
と伝えています。
以前は、歯を磨くこともできない。
髪を洗うこともできない。
何もする気力がない。
そんな時期があったのです。
そこから、今は学校へ行き、
授業を受け、部活までして帰ってくる。
私は、それを思うと、
誇らしいのです。
「もっと頑張ろう」ではなく、今の自分を認める
学校では、
「次はもう少し上を目指そう」
と言われます。
もちろん、先生に悪気があるわけではありません。
子どもの可能性を信じて、
応援してくださっているのだと思います。
でも、私は今の次男に、
「もっと上を目指そう」
とは言いません。
なぜなら、次男はもう十分に頑張っているからです。
100点を目指す必要もない。
今できていることを見ていきたい。
あるとき、担任の先生との面談で、
「2(5段階評価)をつけてしまって、すみません」
と言われました。
私は、
「十分です。評価は形ですから。形は学校にお任せします。
大切なのは、自分なりに頑張ったかどうかという中身ですから」
と答えました。
通知表の「2」が、
その子の評価を決めるわけではありません。
遅刻した回数が、その子の頑張りを決めるわけでもありません。
休んだ日数が、その子の未来を決めるわけでもありません。
子どもに「お母さんは誇らしい」と伝える
私は次男に、
「今の自分は、すごいんだ」
と思ってほしい。
そう思える子になってほしいと思っています。
そのためには、
本人が自分で気づくまで待つだけではなく、
親が言葉にして伝えることも大切なのではないかと思うのです。
「学校に行けて偉いね」
だけではなく、
「途中からでも学校い行ったこと、私はすごいと思うよ」
「疲れているのに部活までできたんだね。お母さん、誇らしいよ」
「前は何もできなかったのに、ここまで来たんだね」
「あなたが自分なりに頑張っていることを、お母さんはちゃんと見ているよ」
そんなふうに。
「私はあなたを誇りに思っている」
ということを、言葉にして伝える。
子ども自身がまだ自分の頑張りを認められないときは、
まず親が認めてあげてもいいのではないでしょうか。
「現在地が十分」という子育て
五月雨登校をしている子どもを見ると、
「いつになったら毎日行けるんだろう」
と、未来を見てしまいます。
でも、私は今、
未来よりも現在地を見ることにしています。
昨日より少しできたこと。
以前はできなかったけれど、
今はできるようになったこと。
本人が勇気を出したこと。
自分できめたこと。
そこを見つけて、
「すごいね」ではなく、
「お母さん、誇らしいよ」
と伝える。
それは、単なる「褒める子育て」とは少し違う気がしています。
誰かと比べて優れているから褒めるのではありません。
結果が良かったから褒めるのでもありません。
その子が、その子なりに生きていることそのものを認める。
私は、それを伝えたいのです。
レールを引かず、子ども自身が決める
私は、子どもの人生にレールを引きたくありません。
「次は朝から行こう」
「次は毎日行こう」
「次は成績を上げよう」
「次はもっと頑張ろう」
そうやって、親が次の目標を決め続けるのではなく、
「今、あなたはどうしたい?」
と聞ける親でいたい。
レールを引かないということは、
子どもを放っておくことではありません。
子どもの状態をよく見て、
今は休む時なのか。
少し挑戦できそうなのか。
何が負担になっているのか。
何ならできるのか。
それを一緒に考えること。
そして最後は、子ども自身が自分の人生を選んでいく。
私は、それが「自分で決める」ということなのだと思っています。
五月雨登校の子どもに伝えたい「今のあなたは、十分すごい」
もし今、あなたのお子さんが五月雨登校をしているなら。
どうか、
「また休んだ」
だけを見ないでほしいと思います。
今日、少しでもできたことはありませんか。
起きることができた。
着替えることができた。
学校へ行けた。
途中からでも教室に入れた。
友達と話せた。
授業を一つ受けられた。
部活に行けた。
あるいは、
今日は休む、と自分で決められた。
それだって、今のその子に必要な選択なのかもしれません。
そして、親である私たちも、
「もっとできるはず」
ではなく、
「ここまで来た自分もすごい」
と、思っていい。
そして、子どもが自分で、
「今の自分は、すごいんだ」
と思えるようになるまで。
まずは私たちが、
「あなたの今を、私は誇らしいと思っているよ」
と伝えてあげたいのです。
その言葉がいつか、
子ども自身の心の中に、
「自分はこれでいい」
という小さな自信として残っていくことを願っています。
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