この子はなぜ人の痛みに気づけたのか|競争社会で失われる「思いやり」の教育

HSC

いじめ、不登校で苦しんでいるとき
ふと思いました。
「どうしてこの子は、
人の痛みにこんなにも敏感なのだろう」と。

同じ環境で育っても、
同じ出来事を経験しても、
人の感じ方はそれぞれ違います。

中には、自分のことで精一杯になり、
誰かの苦しさにまで
心を向ける余裕がなくなってしまう子もいます。

それなのにこの子は、
誰かが何も言わずに抱えている
「小さな痛み」に、
まるで自分のことのように
気づくのです。

あのとき感じた「人の痛みに気づける子」の違い

いじめの中にいると
「どうしてこんなひどいことができるのだろう」と
思うことがあります。

相手がどれだけ傷つくか
想像できないのだろうかと。

でもその一方で

同じ子どもでも
人の痛みに気づける子がいることも知りました。

次男はクラスの誰かがいじめられると
悔しくて眠れなくなります。

またあるときは、
先生が騒いでる子を注意するとき
その子を侮辱する怒り方をしたようで
先生のことが許せなくなりました。

人の気持ちを想像できる優しい子ども

わが子を見ていて感じるのは

「相手がどう感じるか」を
自然に考えられる子と
そうでない子がいるということです。

言葉にしなくても、
表情や空気から感じ取る。

そして、
相手を傷つけない選択をする。

それは当たり前のようで、
実はとても大切な力だと思います。

人の痛みに気づける子はどう育つのか

なぜその違いが生まれるのか。

私は、
小さい頃からの関わり方に
あるのではないかと感じています。

「ありがとう」
「大丈夫?」
「それは悲しいよね」

そんな言葉をかけてもらった経験や、

誰かの気持ちを想像する時間が、
少しずつその子の中に
積み重なっていく。

子どもたちを育てる中で
私がなにより優先してほしかったのは
「友だちとの時間」でした。

勉強よりもスポーツよりも
家族との予定よりも
「友だちとの時間」を選ぶ子になっていました。

競争社会の中で失われる「思いやり」

もちろん、
すべての子どもが同じ感性を持っているわけではありません。

人の気持ちに敏感な子もいれば、
競争の中で「勝つこと」を
強く求められて育つ子もいます。

今の社会では、

「あの子より良い点数を」
「あの子より速く」
「あの子より上手く」

そんな”比べる教育”が、
当たり前のように存在しています。

勉強も、スポーツも、順位がつく。
評価されるのは、
「できること」。

その中で子どもたちは、
いつの間にか
「勝つことが大事」になっていく。

もちろん努力することは素晴らしいです。
向上心も、生きていく力になります。

でもその一方で、

「友だちを大切にすること」
「弱い立場の人を思いやること」
「違う価値観を認めること」

そういう”心の教育”は、十分に育まれているのだろうかーー

私は時々、そう感じるのです。

もし周りの大人たちが、

「負けるな」
「もっと上を目指せ」

そればかりを伝えていたら、

子どもたちは、
人より先に行くことに必死になり、
隣で泣いている子に
気づけなくなってしまうかもしれません。

でも本来、
人は比べ合うためだけに
生きているのではないはずです。

一人ひとり違ってもいい。
得意も苦手も違っていい。

「優しい子に育ってよかった」と思えたこと

今の日本は、
多様性を認めようと言った時代から逆行し
「みんなと同じ」を求める空気が、
強くなっているように感じます。

その”同調圧力”の中で、
苦しんでいる子どもたちがたくさんいる。

だからこそ私は、

人の痛みに気づける子の「強さ」を
しっかり伝えたい。

周りに合わせられない子ではなく、
”人として大切な感覚を持っている子”として
守っていきたい。

優しさは、これからの時代に必要のない力ではありません。

むしろ、
分断や競争が強くなる社会だからこそ、

誰かの痛みに気づける人が

これからもっと必要になるのだと思います。

だからもし、

今、目の前の子どもが
誰かの気持ちを考えられる子に
育っているとしたらーー

それは、
間違っていないということ。

その子はきっと、
”勝つこと”よりも大切なものを、
もう知っているのだから。

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