同じ家庭で育ったのに違う苦しみ|拒食症の娘と不登校の息子

いじめ

はじめに

同じ親のもとで育ててきたのに、
子どもたちの苦しみ方はまったく違いました。

一人は拒食症になり、
もう一人は不登校になりました。

同じように愛情をかけてきたつもりでも、
同じようには守れなかった。

でも今は、こう思っています。

子どもは、それぞれ違う形で傷つき、
それぞれの方法で自分を守っているのだと。

姉は「痩せること」に逃げた

次女は、拒食症になりました。

バレエの世界で、
人と比べられ、評価される日々。

頑張っても、認められるとは限らない。
むしろ、できることで嫉妬されることもあったと思います。

そんな中で

「痩せること」だけは、
誰にも奪われないものでした。

努力すれば結果がでる。
誰にも邪魔されない。

「細くていいね」と言われることで、
自分の価値を保つことができた。

それは危ういバランスでも、
本人にとっては生きるための支えだったのだと思います。

弟は「ゲーム」に逃げた

一方で、次男は不登校になりました。

学校での人間関係や、理不尽な出来事。
安心できるはずの場所で、傷ついてしまった。

その結果、

家の中で過ごす時間が増え、
ゲームに没頭するようになりました。

ゲームの中では

努力すれば強くなれる。
結果がわかりやすい。
誰かに認められることもある。

現実では得られなかったものを、
ゲームの中で感じていたのかもしれません。

逃げる場所は違っても、本質は同じ

次女は「痩せること」
次男は「ゲーム」

形はまったく違います。

でも私は、こう感じています。

どちらも「現実で傷ついた心を守るための場所」だった

ということです。

逃げているように見えても、
本当は

壊れないために、必死で自分を保っていた

のだと思います。

親はコントロールできない

親として、

「やめさせた方がいいのではないか」
「正しい道に戻さなければ」

何度もそう思いました。

でも実際は、

子どもの心をコントロールすることはできません。

拒食をやめさせることも、
ゲームをやめさせることもできない。

できたのは

そばにいることだけでした。

「正しさ」よりも大切なこと

世の中には「こうあるべき」がたくさんあります。

ちゃんと食べるべき
学校に行くべき
ゲームはやりすぎてはいけない

どれも間違いではありません。

でも、

その「正しさ」が
子どもを追い詰めてしまうこともあると感じました。

だから私は、

正しさよりも

その子が今、生きていられること

を大切にしたいと思うようになりました。

居場所が人を変える

次女は、

認めてもらえる場所に出会えたことで回復しました。

敵ではなく、仲間に囲まれる環境。

そこで初めて、

「そのままでいい」
と思えるようになったのだと思います。

人は、

場所が変わるだけで
こんなにも変わるのかと感じました。

最後に

同じ家庭で育っても、
同じようには苦しまない。

でもそれは、

どちらかが弱いからでも、
育て方が間違っていたからでもない。

それぞれが、

それぞれのやり方で
懸命に生きているだけなのだと思います。

もし今、

子どものことで悩んでいる方がいたら

「どうしてこうなったのか」ではなく

「この子は、どうやって自分を守っているのか」

そんな視点で見てみてほしいと思います。

そこに、
回復へのヒントがあるかもしれません。

▶娘の拒食症についてはこちら

▶息子のゲームについてはこちら

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