娘が拒食症になったとき、私は最初、
なぜ娘がそこまで「痩せたい」と思うのか、
わかりませんでした。
もともとの娘は、よく食べる子でした。
特に食べることを嫌がるような子ではありません。
むしろ、唐揚げが大好きで、
家族の中でもたくさん食べるほうでした。
それなのに、いつの間にか娘は、
食べることを恐れるようになっていました。
そして私は後になって気づきました。
娘が「痩せたい」と思うようになった背景には、
単純な体型へのこだわりだけではなく、
バレエの世界で「認められたい」という強い思いがあったのではないかと。
これは、娘が拒食症になった経緯を、母親として振り返った記録です。
バレエは、娘にとって大好きな場所だった
娘は三歳から、
大好きなお姉ちゃんの後を追うように、
バレエを習っていました。
踊ることが好きでした。
そして、バレエの世界では、
子ども自身が努力するだけではなく、
親も一緒になって子どもの活動を支えていきます。
レッスン。
発表会。
衣装。
メイク。
コンクール。
特別レッスン。
遠方への移動。
親にとっても、時間もお金も必要になる世界でした。
もちろん、娘たちが好きなことだから、
私はできる限り応援していました。
けれど、我が家には娘二人だけではなく、
ほかの子どもたちもいました。
すべてをバレエに注ぎ込める家庭ばかりではありません。
そんな環境の中で、娘は一生懸命バレエを続けていました。
バレエの世界には「競争」があった
バレエには、どうしても競争があります。
誰が上手なのか。
誰が主役に選ばれるのか。
誰がコンクールで結果を出すのか。
誰が先生から期待されているのか。
子どもたちは、言葉にされなくても、
そういうことを敏感に感じ取ります。
そして親もまた、
周りの子どもたちと自分の子どもを比べてしまうことがあります。
「あの子は特別レッスンに通っている」
「あの子は有名な先生に習っている」
「あの子はコンクールで結果を出している」
そんな環境の中にいると、
「もっと頑張らなければ」
という気持ちが強くなっていくことがあります。
娘にも、そういう時期がありました。
「あの子には負けたくない」
あるコンクールで、娘と姉、そして何人かの子どもたちが出場しました。
その中に、娘と同じ年齢の女の子もいました。
その子は、普段から特別なレッスンを受けていて、バレエにかけている時間も環境も、我が家とは違っていました。
コンクール当日。
私は、下の子の世話もあり、
ほかのお母さんたちのように
娘のメイクや衣装の準備を十分に手伝うことができませんでした。
娘たちは、先生に助けてもらいながら、
自分たちで準備をしていました。
そして、そのコンクールで、娘は結果を出しました。
娘にとっては、とても嬉しい出来事だったと思います。
ところが、その後、私はあることを感じるようになりました。
これまで娘に向いていた先生の期待が、
別の子へ移っていったように感じたのです。
もちろん、それが本当にそうだったのかはわかりません。
先生にも、先生なりの考えがあったのだと思います。
ただ、娘から見た世界は、
もしかすると違っていたのかもしれません。
「私は頑張ったのに」
「もっと頑張らないと認めてもらえない」
そんな思いが、少しずつ積み重なっていったのではないかと思います。
娘は、バレエのためにどんどん自分を追い込んでいった
そのころから、娘はバレエのために、
ものすごく努力するようになりました。
走る。
ストレッチをする。
身体を動かす。
時間があれば練習する。
休むことよりも、練習することを選ぶ。
今振り返ると、
私はその努力を「頑張っている」と見ていました。
好きなバレエのために、
一生懸命努力している。
そう思っていたのです。
でも、娘の中では、
「頑張りたい」
だけではなかったのかもしれません。
「頑張らなければいけない」
「もっと上手くならなければいけない」
「このままでは認めてもらえない」
そんな気持ちが、少しずつ強くなっていたのではないでしょうか。
そして、その先にあったのが、
「もっと痩せなければ」
という思いだったのだと思います。
もともとは、よく食べる子だった
今でも私は、そこが不思議でなりません。
娘は、もともと食べることが好きな子でした。
唐揚げも大好き。
食べる量も多い。
それでも太りにくい体質でした。
バレエをしていたこともあり、
筋肉質で引き締まった身体をしていました。
ところが、少しずつ食べるものが変わっていきました。
野菜を好むようになり、
食事を気にするようになりました。
私は最初、それほど深刻には考えていませんでした。
健康に気をつけているのかな。
バレエをしているから、
食事にも気をつけるようになったのかな。
そんなふうに思っていました。
けれど、それは少しずつ
「食べない」という方向へ向かっていきました。
制服に隠れていた、拒食症の始まり
中学生になったころ、娘は新しい制服を着ていました。
制服は少しゆったりしていたので、
身体がどれほど細くなっているのか、
私はすぐには気づきませんでした。
今思えば、
身体はかなり変化していたのだと思います。
でも、親からすると、
毎日一緒にいる子どもの変化には気づきにくいことがあります。
少しずつ痩せていくからです。
ある日突然、別人のように痩せるわけではありません。
「昨日より少し細い」
「今日も少し食べる量が少ない」
その積み重ねでした。
家族旅行で感じた、小さな違和感
ある家族旅行で、
娘が珍しく食事に文句を言いました。
それまで、
食事についてそんなに文句を言う子ではありませんでした。
私は、そのときは深く考えませんでした。
でも後になって、そのとき出された料理が、
娘にとってカロリーの高いものだったことを知りました。
娘は、食べることが怖くなっていたのです。
旅行中も、
毎日のように「筋肉が痛い」と言っていました。
特別に激しい運動をしたわけでもありません。
当時の私は、
その意味がわかりませんでした。
後になって、
娘がほとんどエネルギーを取らない状態で身体を動かし続けていたことを知り、
「あのころ、娘の身体はどうなっていたんだろう」
と思いました。
「細いね」と言われることさえ、娘を縛っていたのかもしれない
学校では、友達から、
「細くていいな」
「うらやましい」
と言われることもあったそうです。
健康な私たちからすると、
褒め言葉に聞こえます。
でも、拒食症になっていた娘にとっては、
それが別の意味を持っていたのかもしれません。
「私は細いから認めてもらえる」
「太ったら、みんなにがっかりされる」
そんな思いにつながってしまった可能性があります。
周りから見れば、
「痩せていて羨ましい」
だったものが、
本人にとっては、
「この体型を守らなければいけない」
というプレッシャーになっていたのかもしれません。
先生から「痩せすぎています」と電話があった
そんなある日、
バレエの先生から電話がありました。
「娘さん、あまりにも痩せています。すぐに見てもらってください」
私は、その言葉を聞いて、初めて事の重大さに気づきました。
娘は、もう普通の「ダイエット」ではありませんでした。
身体が危険な状態になっていました。
でも、今振り返ると、
娘が苦しみ始めたのは、その電話の日ではありません。
もっとずっと前だったのだと思います。
娘は、そのころにはすでに、
「痩せなければ」
という苦しさの中にいた。
私は、その苦しみに気づいていなかった。
先生から電話が来たことで、
私は初めて「身体の異変」に気づきました。
でも、娘が苦しんでいた心の中までは、
まだ見えていませんでした。
娘は、認めてもらいたかったのだと思う
今になって思います。
娘が欲しかったのは、
単純に「細い身体」だったのではないのかもしれません。
本当は、
「私はこれでいい」
と思える場所が欲しかったのではないでしょうか。
バレエが好きだった。
踊ることが好きだった。
だからこそ、
「もっと上手になりたい」
「先生に認めてもらいたい」
「周りの子に負けたくない」
という気持ちも強くなった。
そして、その努力がいつの間にか、
「もっと頑張らなければ」
から
「もっと痩せなければ」
へ変わっていった。
私はそう感じています。
「頑張ること」が拒食症につながってしまうこと
ここで、誤解してほしくないことがあります。
私は、バレエが悪かったと言いたいわけではありません。
競争することがすべて悪いとも思っていません。
努力することも、向上心を持つことも、素晴らしいことです。
娘がバレエを愛していたことも、本当です。
だからこそ難しいのだと思います。
好きなものだからこそ、やめられない。
認めてもらいたいからこそ、頑張りすぎてしまう。
そして、頑張れる子ほど、
「もっとできるよ」
という言葉を、自分自身への命令に変えてしまうことがあります。
「誰も傷つけられてはいけない」ということ
私は、娘の拒食症を振り返るとき、
いつも考えます。
子どもたちは
競争の中で何を感じているのだろう。
勝った子が悪いわけではありません。
負けた子が弱いわけでもありません。
先生が誰かを期待したことが悪い、
と簡単に決めることもできません。
でも、その環境の中で、
「自分はもっと頑張らなければ価値がない」
と思ってしまう子どもがいるのなら、
私たちは、
その子の心にもっと目を向けなければならないと思います。
誰かが認められるために、
誰かが傷つかなければならない。
誰かが勝つために、
誰かが自分を否定しなければならない。
そんな世界でなくてもいいはずです。
私は、
誰も傷つけられてはいけない。
そう思っています。
娘が拒食症になった経験を通して、
私はそのことを、
以前より強く考えるようになりました。
あのころの娘に、今なら何と言うだろう
もし、あのころの娘の隣に戻れるなら。
私は、
「もっと頑張って」
とは言わないと思います。
「痩せればきれいになるよ」
とも言わない。
「バレエのためだから、我慢しよう」
とも言わない。
ただ、
「あなたは、もう十分頑張っているよ」
と伝えたい。
バレエが上手だから大切なのではない。
細いから価値があるのでもない。
コンクールで結果を出したから認められるのでもない。
そのままのあなたが、大切なんだよ。
そう伝えたいと思います。
そして、このときの娘の苦しみは、
ここでは終わりませんでした。
身体はさらに痩せていき、
やがて娘は入院することになります。
そのとき私は初めて、
「太ることが怖い」という世界が、
健康な私には想像できないほど大きなものになっている
ことを知りました。
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▶いじめられる環境から抜け出す勇気と、情操教育の大切さを綴っています


