娘と共に拒食症を乗り越える ~「いじめられる場所」ではなく「認められる場所」を求めて~

いじめ・不登校と子どもの心

娘が拒食症になったのは、
「痩せたい」という強い願望からではありませんでした。
振り返ってみると、それは
生きづらさから逃げるための、唯一の方法だったのだと思います。

何もできない母としての苦しさと、
娘が「認められる場所」に出会い、回復していくまでの道のりを、実体験として綴りました。

※この話は全5話シリーズ
【優しさが強さになる時 ~信じるしかなかった、我が家の5つの物語~】の3話目です。

バレエと共にあった幼少期

次女は3歳の頃から姉と一緒にクラシックバレエを習っていました。
小さい頃から運動神経がよく、柔軟性もあり、努力しなくてもできてしまうタイプの子でした。
それでも、毎日陰でコツコツと努力を惜しみませんでした。

それは、才能であると同時に、
周囲から嫉妬を受けやすいという側面も持っていました。

病気を知った日

ある日、バレエの先生から突然電話がありました。
「痩せすぎています。一度、様子を見に来てください。」

慌てて教室に向かった私は、そこで初めて、娘の異変を目の当たりにしました。

ほどなく入院生活が始まりましたが、
娘は無気力になり、
「痩せること」だけを目標に生きているように見えました。

医師から言われた言葉が、今も忘れられません。

拒食症の患者さんの脳は、
痴呆症の方と同じように委縮している状態です。

「大変なことになってしまった…」

どんな言葉も、どんな励ましも、
私の声は娘に届きませんでした。

100日間の入院では、ベットの上で動かない生活。
動かない=太る
食べる=太る
太る恐怖に怯えていました。
当時の次女は『痩せたい』という目標だけに向かっていました。
バレリーナになる夢に向かっていたはずなのに。
私は何か楽しいことを考えたくて、
「治ったらディズニランドに行こうね」
と言ったのですが、
「行きたくない」
と、娘は答えました。

安全な場所を求めて

「専門的な知識がある場所の方が、安全かもしれない」

そう思い、娘はバレエ専門学校へ進学しました。
けれど、拒食症との闘いは終わりませんでした。

むしろそこでも、小さい頃から続いてきた
嫉妬やいじめと向き合うことになります。

拒食症との闘いは、
同時に「人間関係との闘い」でもあったのだと思います。

どこへ行っても苦しい人生

バレエ専門学校でも状態が悪化しては家に帰され、戻っては悪化を繰り返しました。
卒業を前に、バレエ留学に踏み切りました。

バレエ留学をしても、日本人の上級生たちとの共同生活ではじき出されてしまいました。
場所を変えても、
同じような構造が、娘を追いかけてきたのです。

そんな中で、娘は「バレエという狭い世界」から一歩離れ、
ダンスの専門学校へ進むことを選びました。

様々なジャンルのプロダンサーを目指す人たちが集う場所です。
ここでようやく認めてもらえる居場所を見つけました。
今まで妬まれることしかなかった娘はバレエの授業の時は
「すごいね」
と褒めてもらえます。
みんな素直に相手の得意なジャンルを褒めあいます。
みんな敵ではなく、仲間です。
仲間に囲まれて、
拒食症との闘いを終えることができました。

逃げ場は、人それぞれ違う

娘が本当に欲しかったのは、
「成功」ではありませんでした。

「いじめられる場所」ではなく
「認められる場所」

それだけだったのだと思います。

人は苦しくなると、
どこかに逃げるしかありません。

次女は拒食に逃げ、
今、次男は
ゲームの世界で「強い」と言われる場所に逃げています。

形は違っても、
根っこは同じだと思うのです。

子どもが何かに「逃げている」と感じたとき、
それは怠けでも、甘えでもなく、
必死に自分を守っているサインなのかもしれません。

「ここでは、私は認められない」

そう感じた場所から、
人は心を閉ざしていきます。

だから私は、
子どもたちに問い続けたいと思っています。

今、あなたが安心できる場所はどこ?
と。

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