第6話 拒食症の娘が帰国後に始めたアルバイト|真面目すぎる子が社会から学んだこと

拒食症

カナダでの生活を終え、
コロナ禍に日本へ帰国した娘。
思い通りにいかないためか、
連絡が来るときはいつもイライラしていました。

帰国後は、待機期間を過ごすために
ウィークリーマンションで2週間暮らしました。

娘がアルバイトをしたいと言い出した

その後、自宅に戻ってからも、
県外から帰ってきた人は外出を控えなければならない時期でした。

思うように外へ出られない日々。
気持ちは焦っていたことでしょう。

じっとしていることが苦手な娘は、
そんな時間の中で、
次に何をするのかを一人であれこれ考えていたのだと思います。

そして、娘が口にしたのは、

「アルバイトをしたい」

という言葉でした。

憧れていたアルバイト

娘は高校時代、厳しい寮生活を送っていました。

自由に出かけることも、
好きなときに買い物をすることも、
思うようにはできません。

そんな生活の中で、
娘が憧れていたことがありました。

クラスの自由な子たちが、
スターバックスへ行っておしゃべりをすること。

友達と気軽に出かけて、
好きなものを飲みながら話をする。

そんな、ごく普通に見える日常が、
娘にはとてもまぶしく映っていたようです。

だから、帰国してアルバイトをしようと思ったとき、
最初に選んだのはスターバックスでした。

ところが、面接の結果は不合格。

次にシャトレーゼを受けましたが、
そこも不合格でした。

そして、ようやく合格したのがミスタードーナツでした。

娘は、そこで働き始めることになりました。

「クリスマスは来れますか?」に、正直に答えてしまう娘

アルバイトの面接で、
娘はこんな質問をされたそうです。

「クリスマスは出勤できますか?」

娘の答えは、

「まだ、わかりません」

でした。

私は、その話を聞いて、
娘らしいなと思いました。

まだ先の予定だから、本当にわからない。

だから、わからないと答える。

娘は、そういう子なのです。

でも、面接では、
まだ予定が確定していなくても、
働く意欲があることを伝えたほうがよかったのでしょう。

「行けます」と答えておいて、
予定が変わったら相談する。

そんな柔軟な対応も、社会では必要になることがあります。

もちろん、できないことを安請け合いする必要はありません。

ただ、娘は、まだ起きていないことまで正直に答えようとしてしまうのです。

真面目で、ウソがつけない。

それは娘の大切なところでもあります。

けれど、正直であることだけでは、
うまく渡っていけない場面もある。

そんなとき、どうすればいいのか。

私が言葉で説明したとしても、
娘がすぐに身につけられるものではなかったと思います。

実際に社会に出て、
人と関わり、
失敗して、
少しずつ覚えていく。

そうやって、カチカチに固まっていた考え方が、
少しずつ柔らかくなっていくのかもしれません。

お客様に怒られて、泣きそうになった娘

ミスタードーナツでは、もう一つ、
印象に残っている話があります。

お客さんからクレームを言われ、
ネチネチと怒られて、
娘が泣きそうになっていたときのことです。

そんな娘を見て、先輩が声をかけてくれたそうです。

「私は反省したフリしながら、心の中では『消えろ』って思ってる」

その言葉を聞いて、私は思わず笑ってしまいました。

なんて正直で、たくましい人なんだろう。

そして、なんて実用的なアドバイスなんだろう。

もちろん、お客さんに対して必要な対応をすることと
心の中でどう思うかは別のことです。

相手に怒られたからといって、
その言葉をすべて真に受けて、
自分自身まで否定する必要はない。

表面上は仕事として対応しながら、
心の中まで相手に明け渡さなくてもいい。

娘は、そんなことを先輩から教わったのかもしれません。

今まで、ずっと真面目に頑張ってきた娘。

怒られたら、自分が悪いのだと思ってしまう。
相手の言葉を真正面から受け止めてしまう。
ちゃんと反省しなければいけないと、
自分を追い込んでしまう。

そんな娘にとって、
この先輩の言葉は、新鮮だったのではないでしょうか。

ずっと「よい子」でいなくてもいい

子どもには、優しくあってほしい。

人に迷惑をかけず、真面目に、きちんと生きてほしい。

親なら、そう願うこともあると思います。

私も、娘たちには優しい人であってほしいと思ってきました。

でも、優しいことと、
何でも我慢することは違います。

真面目であることと、
相手の言葉をすべて背負い込むことも違います。

相手に嫌なことを言われても、
いつも傷つかないようにするのは難しい。

それでも、相手の言葉に振り回されすぎず、
自分の心を守る方法を知ることはできます。

「ずっと、よい子でいなくてもいい」

「何でも真正面から受け止めなくてもいい」

「心の中でくらい、嫌だと思ってもいい」

そんなことを、
親が言葉で教えることはできるかもしれません。

けれど、実際にどう振る舞えばいいのか、
自分の気持ちをどう守ればいいのか。

それを身につけるには、
親以外の人との出会いも必要なのだと思います。

親が教えられないことを、社会が教えてくれる。

ミスタードーナツの先輩は、
娘にとって、そういう存在だったのかもしれません。

失敗しながら、自分らしい生き方を覚えていく

真面目な子は、何かを失敗すると、
自分のすべてがダメだったように感じてしまうことがあります。

得意なことでは頑張れる。
努力すれば、結果を出せる。

けれど、これまで経験したことのない場所では、
どう振る舞えばいいのかわからない。

優秀な子や、特別な才能を持つ子ほど、
得意な分野では自信があっても、
それ以外の場所で失敗することに慣れていない場合もあるのではないでしょうか。

娘も、バレエには長い時間をかけて取り組んできました。

けれど、アルバイトはバレエとは違います。

自分の思いどおりにならないこともある。
相手の言葉に戸惑うこともある。
失敗して、落ち込むこともある。

それでも、周りには助けてくれる人がいました。

先輩の言葉に救われたり、仲間と一緒に働いたり。

そうした経験の中で、
娘は少しずつ、
これまでとは違う考え方に触れていったのだと思います。

真面目であることも、
優しいことも、
娘の大切な個性です。

それをなくす必要はありません。

ただ、そのままの自分を守りながら、
少し肩の力を抜いて生きる方法もある。

失敗してもいい。
わからないことがあってもいい。
何でも完璧にできなくてもいい。

人との出会いの中で、
そんな感覚を少しずつ身につけていったのかもしれません。

居心地のよい場所ができても、娘は次へ進んだ

ミスタードーナツでのアルバイトは、
娘にとって楽しい場所になっていきました。

そこには、一緒に働く仲間がいました。

娘を助けてくれる先輩がいました。

カナダから帰国したあと、
娘はまた新しい人間関係の中で、
自分の居場所を見つけ始めていたのだと思います。

けれど、娘には次に進みたい場所がありました。

それは、
テーマパークダンサーになるためのダンス専門学校でした。

娘は、その入学に必要な授業料を貯めるためにアルバイトをしていたのです。

4月の入学を目指し、
その前の6か月間、一生懸命に働きました。

ミスタードーナツは居心地のよい場所になっていたようでした。

それでも、娘の中には、
次の目標へ進みたいという思いが強くあったのでしょう。

バイト仲間たちは、
そんな娘を応援してくれました。

そして娘は、
周りの人たちに見送られながら、
上京していきました。

社会は親が教えられないことを教えてくれる

振り返ってみると、
娘はずっと、
何かを求めて歩き続けていたように思います。

バレエの高校へ進み、
カナダへ留学し、
帰国してアルバイトを始める。

そして今度は、
テーマパークダンサーを目指してダンス専門学校へ。

一つの場所に落ち着いても、
また次の場所へ向かっていく。

そのたびに、
うまくいかないこともあったでしょう。

けれど、
娘は新しい場所で、
新しい人たちと出会いました。

親がそばにいて、
何でも教えられるわけではありません。

むしろ、親だからこそ教えられないこともあります。

誰かに嫌なことを言われたとき、どう受け流すのか。
自分と違う考え方の人と、どう付き合っていくのか。
失敗したとき、どうやって気持ちを立て直すのか。

そうしたことを、
娘は社会の中で学んでいったのだと思います。

私は、子どもたちには優しい人であってほしいと思ってきました。

でも、優しいまま生きていくためには、
自分の心を守ることも必要なのです。

何でも我慢しなくていい。
いつも正しくなくてもいい。
ずっと「よい子」でいなくてもいい。

誰かに助けてもらいながら、
自分なりのちょうどよさを見つけていけばいい。

ミスタードーナツで働いた6か月間は、
娘にとって、
バレエとは違う世界を知る時間になったのではないでしょうか。

そして、仲間に応援されながら、
娘はまた次の場所へ向かっていきました。

親の知らないところで、
子どもは出会い、失敗し、学んでいく。

その一つひとつが、少しずつ、
自分らしい生き方につながっていくのだと思います。

自分の居場所を探して、歩き続ける

娘の歩みを振り返るとき、私の頭に浮かぶ絵本があります。

『歩きだした家』です。

自分の居場所はここではないと感じて、歩き出す家。
いろいろな場所を探しながら、
やがて自分にとって大切な出会いを見つけていきます。

娘もまた、バレエの高校からカナダへ、
そして帰国後も、新しい場所へと歩き続けました。

そのときはわからなかったけれど、
今振り返ると、
娘には実際に行ってみなければ見えないものがあったのかもしれません。

自分の居場所はどこなのか。
どんな場所なら、自分らしくいられるのか。

そんなことを考えさせてくれる絵本です。


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