不登校になった理由|いじめを経験し「学校は安全ではない」と感じた親の判断

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次男は小学校6年生の終わり頃から、少しずつ学校へ行けなくなりました。
中学校に進学すると、一転して楽しそうに学校へ通い始めました。
「環境が変わったら大丈夫なのかもしれない」
そう思い、私も少し安心していました。
しかし、その安心も長くは続きませんでした。
5月中旬、次男は再び学校へ行けなくなったのです。

この出来事をきっかけに、私は「なぜ不登校になったのか」を改めて振り返ることになります。
そしていじめを経験した子どもにとって、学校は必ずしも安全な場所ではないと感じるようになりました。

この記事では、次男が不登校になるまでの経緯と、
親として「学校に行かせない」という判断に至った理由を、体験をもとにお伝えします。

最初に起きた「いじめ被害」

小学校6年生のとき、次男はクラスメイトから複数回、高価なポケモンカードを要求される被害にあっていました。
相手の子は、校長室に呼ばれることも多い、いわゆる「問題児」とされている子でした。

次男は長い間、その被害を誰にも言わずに隠し続けていました。

そして我慢の限界がきたある日、私に対して怒りを爆発させたのです。

それでも次男は、
「先生には絶対言わないで」と、脅すような口調で強く訴えました。
事件が明るみに出ることが、何よりも怖かったのだと思います。

悩んだ末、私は担任の先生に真実を伝えることにしました。
ただし、次男の気持ちを守るため、
「友達から聞いた話」という形で、そっと共有してもらうことにしました。
相手の子はあるスポーツ界で活躍している子でした。
後日、親同士で学校に呼ばれ、話し合いの場が持たれました。

私は、次男が長期間にわたり脅されていたことを伝えました。
相手のご両親はその事実を全く知らなかったようで、驚いた様子でした。
両親ともに謝罪し、母親は涙を流していました。

「なぜこんなことをしたのか、きちんと子どもと向き合ってほしい」
それが、そのときの私の率直な願いでした。

しかし、その後、相手の子はスポーツの強豪中学校へ転校していきました。

後に、相手の子のお母さんと街で会った方から聞いた話では、
「小学校ではいたずらっ子で目立っていたけれど、中学校は周りが荒れているから、あまり目立たなくなった」と、笑って話していたそうです。

その話を聞いて、私は思いました。
私の願いは、結局かなわなかったのだと。何も変わらなかったのです。
スポーツ毒親という言葉が頭に浮かびました。

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次男は友達だと信じていた子に裏切られたことで、眠ることができなくなりました。
目を閉じると、もう二度と目を開けられなくなるのではないか。そんな恐怖に怯えるようになったのです。

夜は眠れず、YouTubeを流したまま、気絶するように眠る日々がつづきました。
当然、学校へ行ける状態ではありませんでした。

夕方になって、ようやく起きてくる次男の姿を見ながら、
「私はどうすればこの子を守れるのか」
それだけを考え続けていました。

相手と闘うとか、警察に相談することも頭をよぎりました。
けれど時間と体力を消耗する選択はしないと決めました。
私がやるべきことは、ただ一つ。
次男を守ることだけに専念することでした。

次男の過ごしたいように過ごさせ、食べたいと言ったものを作り、ゲームも買い、できるだけ楽しい話だけをするように心がけました。

次男はもともと友達が多い子でした。、土日にはこれまでと変わらず友達が遊びにきていました。友達と一緒に居る時間の次男は、以前とほとんど変わらない様子でした。

ただ一つ、変わったことがありました。
「5人以上になると、頭が痛くなるかもしれない」
そう言うようになったのです。

それでも、友達に会いたい気持ちは消えていませんでした。
少しずつ無理のない範囲で、学校に戻ろうとする時期もありました。

繰り返されたいじめで心が限界に

中学校に進学する際、以前いじめをしていた子は別の中学校に進んだため、私は少し安心していました。

しかし、その安心はすぐに崩れます。
今度はいじめの相手が小学校一年生の頃からの親友Aだったのです。

私は次男に気付かれないよう、A君のお母さんと話をしました。
そこで聞かされたのは、
「A君が次男の画像を友達2人に見せたことは事実だが、画像は次男自身がグループLINEに載せたものだ」という説明でした。

しかし、私はどうしても納得できませんでした。

次男に知られないようLINEのやり取りを確認すると、そこには、個人LINEでA君が次男を脅し、画像を撮らせていたやり取りが残っていました。
その後、グループLINEで拡散されていたことも分かりました。

怒りで理性を保つのが難しいほどでした。
それでも、次男の願いは一つだけでした。
「これ以上、事を大きくしたくない」

警察に相談するべきなのか、何度も考えました。
けれど、思春期を迎えた次男のプライバシーを、親であってもこれ以上侵してはいけない。
私はそう判断しました。

この件は、担任の先生と部活動の顧問にのみ伝え、
「理由は外に出さず、A君の様子を注意深く見て欲しい」
とお願いしました。

画像を見た子にからかわれるかもしれない学校。
すでに広まっているのではないかという不安と恐怖。

次男が学校へ行けなくなった本当の理由は、先生方だけに胸にしまってもらうことにしました。

親として「学校は安全ではない」と感じた理由

危険な友達

学校には,、ときに子どもにとって危険な存在となる友達がいる場合もあります。
それは、誰の目にもわかるように問題行動を起こす子だけではありません。

勉強やスポーツができる、いわゆる「優等生」と呼ばれる子が、親からの強い期待やプレッシャーに苦しみ、そのストレスを誰にも見えない場所でいじめという形で発散してしまうこともあります。

親に甘えることが許されず、気持ちを受け止めてもらえないまま成長すると、心が満たされないまま大人になってしまうこともあるでしょう。

しつけが厳しく、期待の大きい家庭が増えれば増えるほど、行き場のないストレスを抱える子どもも同じだけ増えていく。
私はそう感じています。

危険な親達

私は23年間にわたりPTA活動にかかわってきました。
学校という場所は、良くも悪くも、地元のつながりがとても強い世界です。

そこには、すでに出来上がった人間関係があり、
「これ以上は入れません」と言われているような空気を感じることもありました。
輪に入れずにいる者同士が、どこか怯えながら小さく話す。
そんな光景を、何度も目にしてきました。

他所から引っ越してきた私は、
「大人になってから友達を作ることが、こんなにも難しいものなのか」
と、戸惑いを覚えました。

どの時代にも、目立つママ友グループは存在します。
私は怖さを感じ、自分の本音を隠しながら、
あえて”変わった人”を演じて過ごしていた時期もあります。

このようなグループ行動を、私は危ういものだと感じています。
大人が集団の中で排他的になると、その空気は確実に子どもたちにも影響します。

親の集団が内輪だけで固まり、新しく入ってきた人を受け入れない。
そして、誰かを悪く言うことで結束を強める。
全ての人がそうではありませんが、私はそうした場面を何度も見てきました。

大人である私でさえ、PTAの中で緊張し、怯えることがありました。
ならば、子どもたちは、どれほどの不安や恐怖の中で過ごしているのだろう。
そう考えるようになりました。

子どもを守れない学校

学校は、勉強を教える場所です。
子どもをどのように育てるかは、本来、各家庭に委ねられています。
家庭ごとに方針も価値観も違います。
先生方もまた、一人の人間です。
自分の生活や家族を大切にしながら、多くの子どもたちと向き合っています。

そんな中で、すべての子どもの心の動きを把握し、
常に守り続けることのできる、万能な先生は存在しない。
私は、そう思っています。

だからこそ、先生にすべてを求めてはいけない。
学校に期待しすぎてもいけない。

学校ができるのは、最低限の「安全を確保すること」までです。
子どもの心を本当に守れる存在は、最終的には親しかいない。
私は、そう感じるようになりました。

だから学校には行かない

長い間、保護者として学校を見てきました。
その中で、いじめの場面も数多く目にしてきました。

今の時代、子どもは簡単に人を傷つけてしまいます。
そしてSNSを使えば、その行為は、さらに手軽で、深刻なものになります。

今この瞬間も、恐怖と闘いながら学校生活を送っている子どもがいるのではないか。
私は、そう思わずにはいられません。

次男は今、ほとんどの時間を家で過ごしています。
週に3日、フリースクールへ通い、そこで勉強やゲームを楽しんでいます。

そのフリースクールは次男にとって「安全な場所」です。
危険な友達もいない。
危険な親同士の関係もない。
そして、先生がきちんと見守ってくれています。

人と過ごすことに疲れてしまった次男は、
この小さな学校の中で、
「ここにいても大丈夫だ」という安心感を、少しずつ取り戻しているように感じます。

過去に起きたことや、受けた被害のことは、もう振り返らなくていい。
次男は「もう許したから大丈夫」と言います。
けれど、学校に戻ることは次男にとって過去に戻ることでもあります。

今、私は多くのことがわかりました。
人間関係のしがらみは、すべて必要なものではないということ。
無理をして同じ場所に留まり続ける必要もないということ。

これからは、安全な場所で、新しい人生を楽しめばいい。
過去に縛られるのではなく、
前を向いて歩いていこうと思います。

不登校やいじめに直面したとき、親として何を選び、どう向き合ってきたのか。
その後の変化や、HSCの子どもとの関わり方については、シリーズ記事で詳しく書いています。

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