「どうして、うちの子はみんな不幸なんだろう」ーーその答えは、私自身の人生の中にあった

いじめ・不登校と子どもの心

どうして、うちの子はみんな不幸なんだろう。

何度も何度も、胸の奥でそう問いかけてきました。
その問いの矢印は、いつも私自身に向いていました。

※この話は全5話シリーズ
【優しさが強さになる時 ~信じるしかなかった、我が家の5つの物語~】の4話目です。

私自身の苦悩からの脱却

辛かった幼少期

子どもの頃の私は、
自分の意見を持たない子でした。

正確には、
意見を言うことが、怖かったのだと思います。

私は小さいころ、本当にしゃべらない子どもでした。
授業中、ひとりずつ感想を述べる時間になると、
どうしても言葉が出てこなくて、
最後まで立たされたままになることもありました。

給食も安心して食べられるものがなく、
いつまでもお盆の上を眺めていました。
どうすることもできず、
掃除の時間、ほこりの舞う中で食べるふりをしていたこともあります。

「グループを作ってください」
その一言で、いつも遠慮してしまい、
気づけば、あふれてしまう側でした。

昨日まで普通に話していた友達が、
今日は急に無視をする。
そんなことも、
「そういうものなんだ」と
静かに受け入れていました。

今思えば、
辛いことは山ほどあります。
けれど当時の私は、
それを特別なことだとは思わず、
これが当たり前の世界なのだと感じていたのです。

友達との出会い

高校二年生のとき、
いつも笑っている、明るい友達に出会いました。

それまでの私は、失敗や、周りの人と違う自分の部分を必死に隠しながら生きていました。
「変だと思われないように」
「浮かないように」
そうやって、自分を小さくしていたのです。

けれど、その友達は、
そんな私に興味を持ち、
私が弱点だと思っていた部分を
「それ、面白いね」と言って、
一緒に笑ってくれました。

気が付けば、
毎日のように先生たちの個性を見つけては楽しみ、
つまらなかった授業さえも、
二人で笑いながら積極的に受けるようになっていました。

私たちは、
しんどいことも、嫌なことも、
笑いに変えながら過ごしました。
その空気は少しずつ周りにも広がり、
気づけば、たくさんの人を巻き込んでいました。

私の短所だと思っていた部分を、
どんどん笑いにして、
いつの間にか長所に変えてくれた友達。

そのおかげで私は、「踏まれても踏まれても立ち上がるから、ぺんぺん草みたいだね」
と言われるほど、強くなっていきました。

それはきっと、
あの頃の友達みんなからの、
不器用だけれど温かい愛情表現だったのだと思います。

自分の優しさと強さに気付く

「自分はぺんぺん草なんだ」
そう思えたことが、
私を前へ、前へと動かしてくれました。

失敗を恐れず、
たとえ失敗しても笑って、またチャレンジする。
気がつけば、
以前の自分とはまるで別人のようになっていました。

自分の感想を言えるようになり、
大勢の前で話すときも、
失敗を繰り返しながら、
隠さずに自分を表現できるようになっていきました。

その頃、私の周りには
いつも友達がいて、支えてくれていました。
そして、自分を必要としてくれる人たちに
たくさん出会うようになりました。

自分よりも他人を優先してしまう性格は、
子ども時代には、
私を孤立させるものでした。

けれど大人になった今、振り返ってみると、
それは人を惹きつける
ひとつの魅力だったのではないかと思います。

年をとるって素晴らしい

優しい子どもは、
相手をとても大切にします。
けれど相手が幼いと、
その優しさは、
いつの間にか自分を犠牲にする形になってしまいます。

まるで、シンデレラと継母、そして姉たちのように。

私自身も、長い間、
自分を後回しにする生き方をしてきました。

優しい友達に恵まれる一方で、
私を困らせるような対応をする人に出会うことも、少なくありませんでした。

そんな私が変わるきっかけになったのは、
今、中学一年生の次男の姿でした。

いじめの被害に遭っているにもかかわらず、
加害者をかばおうとする我が子を見て、はっとしたのです。

一番大切なのは、自分。

自分が相手をどう思うのか、
正直になっていい。
嫌なことには、「NO」と言っていい。

そう気づかせてくれたのは、
次男でした。

NOが言えなかった私が、
次男のおかげで変わることができました。
そして、
やっと楽に生きられるようになったのです。

年をとるということは、
いろいろなことを知り、
少しずつ、
楽になっていくことなのだと思います。

今、私が、
不登校の次男に穏やかに寄り添えているのは、
年を重ねたからこそ、
手に入れられた心の余裕なのかもしれません。

まとめ

子どもたちの苦しみを見ながら、私はずっと、
「どうして、うちの子はみんな不幸なんだろう」
と考えてきました。

けれど今は、
その答えが少しだけ分かる気がします。

それは、
優しさを持って生まれたからこそ、
人よりも早く、
苦しみに出会ってしまったということ。

そして、
その優しさをどう扱えばいいのかを、
親である私自身が、
まだ知らなかったということです。

自分を犠牲にする優しさから、
自分を大切にする優しさへ。

年を重ね、
不器用に失敗を重ねながら、
私は少しずつ、
楽に生きられるようになりました。

今、苦しんでいる子どもたちも、
そして悩んでいる親も、
この物語の途中にいるだけなのだと思います。

優しい人は、
必ず物語の主人公になります。

次は、
その「物語の続き」を書いていきたいと思います。

タイトルとURLをコピーしました