みなさんは、子どもの反抗期がつらいと感じたことはありませんか。
私も何度も泣き崩れ、心が折れそうになる経験をしました。
「もう無理かもしれない」
そう思った夜も、一度や二度ではありません。
そんな日々を振り返って、今、強く思うことがあります。
子どもが反抗するのは、弱いからではありません。
ここは安全な場所だと、親を信じているからです。
この記事では、子どもが「失敗」という壁に何度もぶつかり、そのたびに抱えきれないストレスを母である私にぶつけながら、少しずつ乗り越えていった実体験から、私が学んだことをお伝えします。
ストレスを抱えた子ども達
次男は小学校3年生のとき、長男と同じように
「ドッジボールがやりたい」と自分から言いました。
5年生になった年、そのチームには6年生がいませんでした。
次男は、最高学年としてのプレッシャーを一身に背負う立場になりました。
その頃から、同級生との空気が少しずつ変わっていきました。
みんながアタッカーになりたい中で、次男はフォームを褒められることが多く、
それをきっかけに、2人の同級生から嫌がらせを受けるようになりました。
チームが勝つためには、チームワークが何より大切だということを、
次男は兄の姿を見て学んでいたのだと思います。
だからこそ、自ら、
「争わないポジジョンをやらせてほしい」
と、チームメイトとの衝突を避ける選択をしました。
しかし監督は、
他の同級生が目立つポジジョンにいる中で、次男だけが目立たないけれどチームの要を担うことに、どうしても納得がいかなかったようでした。
それ以降、次男への指示は次第に厳しくなり、その頃から、次男の心は少しずつ崩れていきました。
試合前になると、気分が悪くなり、体が震えだす。
会場に行っても、試合に出られない。
そんな状況が続きました。
監督やコーチ、周囲の保護者は、次男の心の中を知ることなく、「甘え」の一言で片付けていました。
けれど次男は、観察力と行動力にとても優れた子でした。
相手チームの癖や弱点を瞬時に見抜き、
いくつもの作戦を頭の中で組み立てていたのです。
しかし、その作戦を実行するたびに、
監督の描く戦い方とは違うという理由で、強く罵倒されました。
次男が何を考え、どれほど苦しんでいるか。
そのことを、私は知っていました。
それでも、
「体調不良は甘えだ」と言われることが悔しくて、
次男の「辞めたい」という言葉を、
私は受け止めることができませんでした。
次第に次男は家で暴れるようになりました。
試合の前の夜は、物を壊し、手が付けられないほどでした。
それでも私は、
試合当日になると、無理やり監督の車に乗せていました。
やがて、試合前でなくても、
毎晩のように怖がるようになりました。
その姿を見て、ようやく私は
「ドッジボールから離す」
という決断をしました。
今振り返ると、それは遅すぎる決断でした。
次男の身体と心は、たくさんの犠牲を払っていたのだと思います。
本当に、悔やまれます。

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ストレスを抱えた大人達
親は、自分の都合で、
知らず知らずのうちに子どもの世界を作ろうとしてしまいます。
私は、
「次男がドッジボールをやって本当によかった」
そう思える思い出を、無理に作ろうとしていたのかもしれません。
確かに、ドッジボールを通して学んだことはたくさんありました。
だからこそ、途中で終わりにすることができませんでした。
そして何より、
次男がチームを抜けたら、
監督やコーチ、保護者、チームメイトに迷惑がかかる。
その思いが、どうしても勝ってしまっていました。
私は、大人同士の関係性が崩れることを、何よりも恐れていました。
「この監督のやり方は、物事を深く考える次男には合わない」
そのことに、私は早い段階で気づいていたはずです。
それでも、身体を壊すほど続けさせてしまった。
それは、間違いなく
私の失敗でした。
反抗期は、子どもが「自分」になるための時間
子どもは成長するにつれて、親が無意識に作ってきた「枠」から、少しずつはみ出していきます。
親の望みとは違うことに興味を持つこともあるでしょう。
そんなとき、親はハラハラして、つい口をだしたり、さまざまな制限をかけてしまいます。
その制限に対して、子どもは反抗します。
制限が必要な場面も、もちろんあります。
けれど、今振り返ると、
「それは本当に必要だったのだろうか」と思う口出しも、
少なくなかったように感じます。
親から見ると、
「言う事を聞かない=反抗している」
と映りますが、
私は今、こう思っています。
反抗期は、
「自分の意見を止めずに言う練習」
をしている時間なのだと。
長男も次男も、私にだけはひどい暴言を吐きます。
けれど、私以外の人に同じことをすることはありません。
それは、
私への暴言が「攻撃」ではなく、
自分の意見を抑え込まれたときの腹立たしさや苦しさを、そのまま表に出している姿だからだと思っています。
この経験があるからこそ、
社会に出たとき、感情を理性で抑えたり、物事を自分の主観だけで判断せず、冷静に考える力につながっていくのではないでしょうか。
私は、育児とは
「社会に出て困らないための訓練の場所」
だと思っています。
人は誰でも、必ず困難にぶつかります。
それを乗り越えられるかどうかは、育児の時間の中で、どれだけ失敗を経験できたかにかかっているのではないかと思うのです。
子どもの失敗、葛藤、反抗。
もちろん、親だって傷つきます。
受け止めきれない日もあります。
私自身、子どもに八つ当たりしたり、大人の都合を押し付けてしまったこともありました。
大人も失敗するのです。
「成功体験が必要だ」とよく言われますが、私は、
家庭こそが、失敗を繰り返してもいい場所
であってほしいと思っています。
親も子どもも、未完成です。
だからこそ私は、
失敗し、ぶつかり、立ち止まりながらも、
子どもたちを社会へ送り出していきたいと考えています。
まとめ
子どもの反抗期は、親にとって、とてもつらい時間です。
傷つき、迷い、
「これでいいのだろうか」と何度も自分を責めてしまいます。
それでも私は、反抗する姿の奥に、
「ここなら本音を出しても大丈夫」
という子どもの信頼があるのだと、今は思えるようになりました。
親も子どもも、未完成です。
失敗し、ぶつかり、後悔しながら、少しずつ成長していきます。
家庭が、
感情を出しても崩れない場所であること。
それが、子どもが社会に出て生きていくための何よりの土台になるのではないでしょうか。
今日も、反抗期の子どもと向き合っているあなたへ。
ひとりではありません。
その時間は、決して無駄ではないと、
私は信じています。
